【考察】映画『サブスタンス』 ※この映画、覚悟して見て下さい…【感想】

みなさんどうもこんにちは!
きです!

今回は2025年に公開された映画『サブスタンス』の考察・感想を綴っていきたいと思います!

今回のき的評価は3点!
まぁおもしろかったです!

ただかなり気持ち悪かったです!笑

それではまずはあらすじから!


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目次

あらすじ

元トップ人気女優エリザベスは、50歳を超え、容姿の衰えと、それによる仕事の減少から、ある新しい再生医療<サブスタンス>に手を出した。
接種するや、エリザベスの背を破り脱皮するかの如く現れたのは若く美しい、“エリザベス”の上位互換“スー”。抜群のルックスと、エリザベスの経験を持つ新たなスターの登場に色めき立つテレビ業界。スーは一足飛びに、スターダムへと駆け上がる。
一つの精神をシェアする存在であるエリザベスとスーは、それぞれの生命とコンディションを維持するために、一週毎に入れ替わらなければならないのだが、スーがタイムシェアリングのルールを破りはじめ―。

映画『サブスタンス』公式サイトGAGA https://gaga.ne.jp/substance/about/

キャストなど

キャスト
 デミ・ムーア
 マーガレット・クアリー
 デニス・クエイド
 
監督・脚本
 コラリー・ファルジャ

上映時間
 140分

ジャンル
 SFホラー

気持ち悪さ
 100/5




気持ち悪すぎておもしろさが曇ります(笑)

まだ見ていない人へのき的おすすめポイント

今作はアカデミー賞の『メイクアップ&ヘアスタイリング賞』を受賞しており、特殊メイクがとても造り物とは思えない程リアルで迫力があります。
ただそのせいもあって、グロテスクなシーンがとても強烈です(笑)
そしてグロテスクなシーンが非常に多く、人によっては気分を害したり食欲を失ったり、途中で断念する方もいらっしゃるかもしれません。
グロいのが苦手な方は見ない方がいいと思います。

また、性的な描写も結構多めなので、誰かと観る際はそういうのを一緒に観ても平気な方でないと、尋常じゃない程の気まずさを痛感することになると思います(笑)
今作を観る際は、その辺をよく理解した上で観ることをおすすめします。

ストーリー自体はおもしろいです。
ただグロすぎてストーリーが霞ます(笑)


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それではこれ以降、内容の考察・感想を綴っていきたいと思います。
内容のネタバレを含みますので、映画ご視聴前の方はご注意下さい。

ネタバレ考察・感想 ※これ以降内容のネタバレを含みます












“エリザベス”と“スー”は本当に“一つの精神をシェア”しているのか

エリザベスの背中をブチ破って産まれた、信じられないくらい美人な“スー”。

エリザベスの“エ”の字も無い程、見た目が全く違います。

スーは、若く、そして自由奔放。
まだまだ遊びたい盛りなスーは、すぐに『7日毎に交替、例外なし』という絶対的なルールを破り始めます。

そしてそのツケは母体であるエリザベスに“老い”という形で回ってきます。
エリザベスが最も受け入れがたい現実、そのために“サブスタンス”に手を出したのに、スーの身勝手でエリザベスの体は老いてしまいます。

エリザベスはすぐさまサブスタンス提供者に連絡し「彼女はなぜこんなことを?」と尋ねますが、「彼女などいない、あなたはひとつなのだ」と告げられます。

作中何度も登場したこのセリフ、

「彼女などいない、あなたはひとつなのだ」

この言葉の意味とは一体なんなのか。





公式ホームページのあらすじには“一つの精神をシェアする存在であるエリザベスとスーは─”と記載されています。

一般的に『精神』と言ったら、『心』といったイメージを持つように思います。



私は最初、てっきり“7日毎に体を入れ替えてる(乗り換えてる)”と思ってました。
だから『あなたはひとつ』なのだと。

でもそうではなさそうに感じました。

なぜなら、エリザベスもスーも、全くお互いの体を大事にしないからです。



スーを産み出して倒れたエリザベスを、応急処置はするものの、倒れたままの体制で裸のまま放置するスー。

エリザベスも同じです。

スーに至っては、まだお互い険悪になる前の段階で、エリザベスの私物を勝手に“ガラクタ”と箱に押し込み、エリザベスの体を引きずって暗い部屋に放置してました。

また、スーはエリザベスのことを、公共の電波を使ってバカにしていました。

精神は一つで、7日毎に体を行ったり来たりしているのであれば、そのようなことするでしょうか。
“私”は“私”で、体が変わるだけなら、もっと大事に扱うのではないでしょうか。
だって7日経ったらその体に入るんですから。
7日後の“私”なのですから。


しかし、エリザベスもスーもお互いを大事にはしません。


そして二人は完全に別人のように見えました。
“同じ精神をシェアしている”とは思えない程に。


もし『エリザベスも若い頃はスーみたいだった、スーは若い頃のエリザベスの性格なんだ』ということであれば、それはあの映画を観てもわかりようがありません。
若い頃のエリザベスは描かれていませんので。

『一つの精神が二つの体を行ったり来たりしているんだけど、体が替わると心も別人みたいになるもんなんだよ』
ということだったとしても、それもわかりようがありません。
だって今この世界に生きている人の恐らくほぼ全員が、体が入れ替わった経験がありませんから。

「あぁそうだよね、体が替わったら心もなんか別人みたいになっちゃうよね、わかるわかる」

なんて共感が得られる可能性は限りなくゼロに近く、そんなことを描かれても観ているこちらには伝わりづらいと思います。
伝わらなければ「結局別人なの?「あなたはひとつ」って?」となってしまうので、“一つの精神をシェアしている”というのは、少し違和感を覚えます。


また、サブスタンスのきっかけを作った、手に痣がある若い男の母体であるじいさんも「分身に蝕まれるぞ」と言ってました。
分身が“自分”なら「蝕まれる」という表現は不自然です。
なので、あのじいさんも分身を“別人”と思っているのではないでしょうか。


サブスタンスを行っている当人達が分身を別人だと思っている以上、いくら周りが“あなたはひとつ、同じ精神だ”と言ったところで、当人達からすれば“いや、あれは私じゃない”ということになるでしょう。


「バランスを尊重すれば問題はおきない」


とサブスタンスの人は言ってましたが、母体と分身が別人である以上、バランスを保つのは恐らく不可能です。
2人が冷静に話し合う機会でもない限り、高確率でバランスは保てないでしょう。
でも通常の使用方法では2人が同時に行動している状態は起こりません。



このように、一つの精神をシェアしているとは思えない中で、作中の「あなたはひとつ」というセリフや、公式ホームページの「一つの精神をシェアしている」という言葉を考えてみて、私は今作における『精神』とは『燃料』のようなものなのではないかと考えました。

体を動かすための『燃料』。
『精神』=『燃料』。



体を交替する際、“交替キット”を使って“血液を入れ替えている”ようでした。

分身であるスーの体の血液はあくまで体が死なないようにするためのもので、分身の体には元々『精神(燃料)』は宿っていない。
『精神(燃料)』が宿っているのはあくまでも母体であるエリザベスのみで、『精神(燃料)』が宿る母体の血液をスーの体に入れ替えることで、スーの体が動き出す。

ただ、『精神』はあくまでも『燃料』であって『心(人格)』ではない。

そのため、エリザベスの体に宿る心とスーの体に宿る心は別物。



そうだとすれば、エリザベスとスーの人格が違うことも納得がいきます。
お互いを嫌悪し合い、全く大事にしようとしないことも説明がつきます。

『精神』=『燃料』と考えれば、物語のクライマックスで“二人が対面するシーン”も、中途半端に二つの体に『精神(燃料)』が入ってしまったということで、二人が同時に行動していることにも説明がつきます。

体が入れ替わる際、燃料に点火するように火が灯る映像も差し込まれていました。




個人的には“一つの精神をシェアしている”というのが、そもそも本当にそうなの?と思うところですが、公式がそう言うならそうなんでしょうから、そうであるならば、という前提でちょっと考察してみました。

何の意味もない!

小島よしおさんじゃないですけど、そもそもエリザベスにとって、今回のサブスタンスには何か意味があったのでしょうか。

まずサブスタンスという再生医療に手を出したのは、老いてしまって落ち込んだエリザベスが、“よりよい自分に生まれ変われるなら”という期待を込めたからでした。

ただ、“サブスタンスを使うことで具体的に何が起こるのか”は、エリザベスも我々視聴者もわかっていませんでした。

そして、美しいスーが誕生した。

てっきりエリザベスは、スーの体で若さを謳歌しているものと思って見ていました。
スーのターンが終わりエリザベスに戻ってきたときも、エリザベスは特に何も言及しなかったため、その実態はまだ不明なままでした。



しかし2ターン目が終わったとき、スーの夜遊びのせいでエリザベスの指が老け込んでしまい、エリザベスが激怒します。

ここで初めて、我々は『エリザベスはスーの体で若さを謳歌しているわけではない』と気づきます。

そうなると、サブスタンスはエリザベスにとって何のメリットも無いことになります。

ただ背中を裂いて激痛を感じながら若い女を産み出しただけ。
“よりよい自分になりたい”とサブスタンスを行った当の本人は今までと何も変わっておらず、生気のない日々を繰り返すだけ。

メリットが無いどころか、デメリットしかありません。

スーが勝手なことをすればそのツケは全てエリザベスに回ってくるし、人生の半分をスーにあげなければなりません。



それが判明した時点で通常ならすぐにサブスタンスを中止しそうなところですが、エリザベスは何故か辞めることができないようでした。

子供がいないエリザベスは、スーを産み出したことで母性のようなものが芽生えた…わけでもなさそうでした。

若い頃には戻れないと気付いた上で、スーに自分を重ね、自分ができないことをスーが行うことで、自分を満たそうとしたのか。
それでエリザベスが満足しているのであればそれでよかったのでしょうが、そうではなかった。

それにスーを応援することで満足できるなら、わざわざリスクの大きいサブスタンスを継続する必要は無く、サブスタンスを中止して若手育成でもやればよかった。

結局エリザベスはサブスタンスによって何も得られないどころか、全て失ってしまいました。




エリザベスはかつて大物女優でアカデミー賞を受賞した過去もあり、部屋には数々のトロフィーが飾られていました。

しかし、番組プロデューサーが容姿や年齢のことを悪く言っているのをたまたま聞いてしまい、すっかり自信を無くしてしまった。

ですが、今でも「誕生日おめでとう」と声をかけてくれるスタッフがたくさんいて、ちょっと外に出れば「ファンだ」「妻がファンです」と声をかけてくれる人もいました。

車が回転する程の大事故を起こしても無傷で生還する程の丈夫な体も持っていました。

それなのに、サブスタンスに手を出し全てを失ってしまった…。



今の自分を受け入れることの大切さがよくわかる作品だったのではないでしょうか。




今あるものが、この先ずっとあるとは限りません。
いつかは失ってしまうかもしれません。
そして、失ったものは戻ってこないこともあります。


エリザベスは過去に輝かしい栄光を受けたからこそ、その喜びを忘れられなかったのでしょう。
ですが、エリザベスはなくしてしまったものよりも、今あるものや未来にもっと目を向けるべきだったのかもしれませんね。

若かろうが若くなかろうが、どんな状態でも悪く言う人は必ずいます。
自分より容姿が良い人、能力が優れている人、輝いて見える人はいくらでもいます。
でも、そんな人たちと自分を比べることには、何の意味もありません。
時間の無駄です。
だってないものはないんですから。
考えても悩んでもしょうがありません。

そんなことよりも、今の自分にあるものや、これから得られるもの、自分を大切に思ってくれる人を大事にすればいいのではないでしょうか。

そんなことを思わせてくれるような映画でした。














まぁ見終わった直後は



きっっっっっっっっっしょ



としか思えませんでしたが(笑)




スーパーほいほい よしおじゃんけん

ミソジニー

女性の見た目や年齢に対する世間の反応への強いメッセージが込められているような作品だったんじゃないでしょうか。

ダンスがうまくても顔が美しくなければオーディションは通らない。

エリザベスのように、過去に栄誉ある賞を受賞し長年のエクササイズの実績があっても、見た目や年齢を理由にある日突然番組を降ろされる。

女性の年齢を重ねた事による身体的な変化に対して、心無い言葉を浴びせられる。

そのせいで自信をなくしてしまう女性がいて、過度に見た目を気にしたり、怪しい薬品にまで手を出してしまう人もいる…かもしれない。

エリザベスとスーがエリザスーという一つの体を共有することになり、中身は多くの人が知っているスターであっても、見た目が違えば周囲の反応は全く違うものになる。


こういった社会の女性に対する蔑視、ミソジニーって言うんですかね、そういうものへのメッセージ的な映画だったのかなという印象でした。




ただ、映画クライマックスのエリザスーの部分については、あの見た目の生き物が突然現れたらさすがに「怪物だ」となるのはしょうがない気がしますけどね。

「今でも私、エリザベスでスーよ!」と言うあのエリザスーを前にして「あぁ、あなたはエリザベスでスーなのね、言ってることは意味不明だけどあなたがそう言うならそうなんでしょうね」と言える人は多分いないでしょう。




なんにしても、エリザスーはミソジニーが生み出した悲しみの産物なのかもしれません。


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アカデミー賞ってなんだろう

今作はアカデミー賞をはじめ、カンヌ国際映画祭で脚本賞、ゴールデングローブ賞で主演女優賞を受賞するなど、多くの賞を受賞している作品です。

みなさん、こういった賞についてどんなイメージをお持ちでしょうか。

「アカデミー賞を取ったってことはおもしろいんだ!」

と思われる方もいらっしゃるのではないでしょうか。

私はそうでした。



でも、必ずしもイコールではない、と思うのです(笑)



今作については、私はこの作品が数々の賞を受賞していると知らずに観ましたので、“アカデミー賞受賞”に釣られて観たわけではないんですが、観終わった後にこの作品が数々の賞を受賞していると知って大変驚いたのでした。






「このきっっっっ…映画が?」




って(笑)



それで調べてみたら、賞っていろいろあるもんなんですねぇ。

アカデミー賞にしたって、24部門もあるみたいです。

一口に“アカデミー賞を受賞した映画”と言っても、『監督賞』を受賞したのか『脚本賞』を受賞したのか『メイクアップ&ヘアスタイリング賞』を受賞したのかで、観る方としては大きく変わってくるような気がします。



そして今作は『メイクアップ&ヘアスタイリング賞』を受賞したみたいですね。




うん。
それはもう大納得です。
(大納得ってなんやねん)



スーの息が止まる程の美しさ。
背中が裂けるシーンやヘソからチキンが出てくるシーン、キャットウーマンみたいな服のジッパーをジジジジジってやると、スーの背中から臓物がボロボロボロボロォっとこぼれ落ちるシーン、モンストロ・エリザスー。
どれも造り物とは思えない程のリアルさで凄まじかったです。
美しく華やかなシーンとグロテスクで目を背けたくなる程リアルな気持ち悪いシーンとの落差も凄かったです。




ただ、映画がおもしろかったかと言われたら

私は「んんぅぅ…汗」という感じでした(笑)

おもしろいのはおもしろいんですが、私にとってはちょっとグロすぎました。
まぁそれも『メイクアップ&ヘアスタイリング賞』を取る程の映画ならではの悩みかもしれませんが。


私もよくやりがちなんですが、“アカデミー賞を受賞した”だけで判断すると、期待と違う結果になるかもしれませんね。

モンストロ


今作の最大のクライマックスである、“モンストロ・エリザスー”。



エリザベスとスーの関係は最悪になってしまい、とうとう二人は対面を果たすも、激怒したスーによってエリザベスは無残にも殺されてしまいます。

そうなるともう後に待つのは破滅のみ。

母体の脊髄液を失った分身スーはみるみる体が朽ちていきます。

焦ったスーは、一度きりとされた“活性化”を再度行ってしまいます。

そしてスーの背中を裂いて出てきたのは、人間の原型をとどめていない生き物。
体の各パーツが本来の場所とは違う場所についているその背中には、なんとエリザベスの顔がついており、ついに二人は一つの体を共有することに。

緑の血を吐く生き物の後に表示される『モンストロ・エリザスー』という緑のタイトル。

そして残り30分、最大の見せ場が訪れます。

人間とは思えない様な見た目になってしまったエリザスーは、皮肉にもあれだけ見下していたエリザベスの顔写真を顔に貼り付けてスタジオへ。



カードキーで扉を開けるとおじさんが。



「心配したぞ、急げ!5分で本番だ」




なんでやねん!!笑




どう見ても異常な状態のエリザスーは何故かあっさり中へ(笑)

スタジオが暗転する中、『リヒャルト・シュトラウス』の『ツァラトゥストラはこう語った(導入部)』のターンターンタターン!!バンボンバンボンバンボン…と壮大な曲と共に(笑)ついにエリザスーがステージの真ん中へ。

スポットライトを浴びたエリザスーの異様な姿に観客は静まり返ります。


「今夜ここに来られてとても幸せです」



と、マイクでエリザスーが挨拶するも、異様な声に凍り付く観客。



「みなさんに会いたかった」



と続けて言ったとき、顔のエリザベスの写真がポロっと剥がれ落ちます。

顔が露わになったエリザスーは観客に向かってべへっと笑顔(笑)

すると突如えづき出し、オエエエェェェェっという声とともに、左目があろう場所の亀裂から女性の胸がボロんっっ…べちゃっ!!とちぎれ落ち、それを見た観客達は「ああああぁぁぁぁぁ↓↓↓」と思わず声を上げます(笑)

ついに観客の女性が立ち上がり、元気いっぱいに悲鳴を上げ会場は大騒ぎに。

観客達はエリザスーに向かって「怪物だ!」「撃ち殺せ!」と叫び、エリザスーが「違う!私よ」と言っても誰も聞いてくれるわけもなく、ついに頭を鉄パイプのようなものでぶん殴られ、頭が飛び散ってしまいます。

しかし驚異の再生力で瞬く間に顔が再生されます。

顔は再生されるも体はボロボロで、マイクスタンドを握った左腕が手首からちぎれ、そこから消防車並みの勢いで血が噴き出します。

番組オーディションで審査員が言っていた「顔に胸がついていればな」という言葉どおり、エリザスーの顔から胸がこぼれ落ち、下品なプロデューサーが「50歳で…止まる」と言った言葉に答えるかのように、消防車の如く噴き出る血液。

一体、体のどこにそんな量の血液が入っていたんだい?

という程の大量の血液を噴き出しながらステージでクルクル回るエリザスー(笑)

観客達は一人残らず血まみれ。

会場も血まみれ。

エリザスーが廊下に出れば廊下も血まみれ。




会場を後にしたエリザスーはあてもなく道を走るも、ついに足が崩れ落ち、倒れた衝撃で体が粉々に吹っ飛びます。

飛び散った肉片の中から、這って出てくるエリザベスの顔。

ゆっくりゆっくり地面を這い、かつて記者から囲み取材を受けた、星型に模られたタイルの上へ。

視界に入る3本のヤシの木は、まるでエリザベス、スー、エリザスーを表しているかのよう。
ヤシの木のバックの美しい夜空から金箔が降り注ぎ、エリザベスはかつてこの場所で人々から愛されていたことを思い出し、そして満面の笑みのまま蒸発します。

やがて朝になり、赤いシミとなったエリザベスの跡を清掃員が跡形もなくキレイに拭き取って行き、そこには色褪せてヒビが入った星型のタイルだけが残ります。

そしてエンドロールへ…。
























なんこれ?笑




リヒャルト・シュトラウス: 交響詩全集

まとめ

今回のき的感想、いかがだったでしょうか。

女性に限らず、男性にしてもどちらでもないにしても、見た目の事をとやかく言って来る人はいますよね。

そんな人にはこう言ってやりましょう。


「ジュラシック・フィットネスを食らうがいいぃぃっっっっっ!!!!!!」



今回も最後まで見ていただきありがとうございました^^

それではまた!




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