みなさんどうもこんにちは!
きです!
今回は2025年公開の映画『サブスタンス』の考察・感想を綴っていきたいと思います!
今回のき的評価は3点!
まぁおもしろかったです!
そしてかなり気持ち悪かったです!笑

Blu-ray サブスタンス 4K+2D スチールブック Full Slip
キャストなど
キャスト
デミ・ムーア
マーガレット・クアリー
デニス・クエイド
監督・脚本
コラリー・ファルジャ
上映時間
140分
ジャンル
SFホラー
気持ち悪さ
100/5
気持ち悪すぎておもしろさ曇ります(笑)
まだ見てない人へのおすすめポイント
今作はアカデミー賞の『メイクアップ&ヘアスタイリング賞』を受賞しており、特殊メイクがとても造り物とは思えない程リアルで迫力があります。
ただそのせいもあってグロテスクなシーンがとても強烈です(笑)
そしてグロシーンが非常に多く、人によっては気分を害したり食欲を失ったり、途中で断念する方もいらっしゃるかもしれません。
グロいの苦手な方は見ない方がいいと思います。
また、性的描写も結構多めなので、誰かと観る際はそういうのを一緒に観ても平気な方でないと尋常じゃない程の気まずさを痛感することになると思います(笑)
今作を観る際はその辺をよく理解した上で観ることをおすすめします。
ストーリー自体はおもしろいです。
ただグロすぎてストーリーが霞みます(笑)

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それではここから内容の考察・感想を綴っていきたいと思います。
ネタバレを含みますので映画ご視聴前の方はご注意下さい。
ネタバレ考察
これ以降ネタバレを含みます

“エリザベス”と“スー”は本当に“一つの精神をシェア”しているのか
エリザベスの背中をブチ破って産まれた、信じられないくらい美人な“スー”。
エリザベスの“エ”の字も無い程見た目が全く違います。
スーは若く、そして自由奔放。
まだまだ遊びたい盛りなスーはすぐに『7日毎に交替、例外なし』という絶対的ルールを破り始めます。
そしてそのツケは母体であるエリザベスに“老い”という形で回ってきます。
エリザベスが最も受け入れがたい現実、そのために“サブスタンス”に手を出したのに、スーの身勝手でエリザベスの体は老いてしまいます。
エリザベスはすぐさまサブスタンス提供者に連絡し「彼女はなぜこんなことを?」と尋ねますが、「彼女などいない、あなたはひとつなのだ」と告げられます。
作中何度も登場したこのセリフ。
「彼女などいない、あなたはひとつなのだ」
この言葉の意味とは一体なんなのか。
公式ホームページのあらすじには
“一つの精神をシェアする存在であるエリザベスとスーは─”
と記載されています。
一般的に『精神』と言ったら『=心』といったイメージを持つのではないでしょうか。
私はてっきり“7日毎に体を入れ替えてる(乗り換えてる)”と思ってました。
だから『あなたはひとつ』なのだと。
でもそうではなさそうに感じました。
なぜならエリザベスもスーも、全くお互いの体を大事にしないからです。
スーを産み出して倒れたエリザベスを、応急処置はするものの倒れたままの体制で裸のまま放置するスー。
エリザベスも同じです。
スーに至ってはまだお互い険悪になる前の段階で、エリザベスの私物を勝手に“ガラクタ”と箱に押し込み、エリザベスを引きずって暗い部屋に放置してました。
また、スーはエリザベスのことを公共の電波を使ってバカにしていました。
精神は一つで7日毎に体を行ったり来たりしているのであれば、そのようなことするでしょうか。
“私”は“私”で、体が変わるだけならもっと大事に扱うのではないでしょうか。
だって7日経ったらその体に入るんですから。
7日後の“私”なのですから。
しかし、エリザベスもスーもお互いを大事にはしません。
2人は完全に別人のように見えました。
“同じ精神をシェアしている”とは思えない程に。
もし『エリザベスも若い頃はスーみたいだった、スーは若い頃のエリザベスの性格なんだ』ということであれば、それはあの映画を観てもわかりようがありません。
若い頃のエリザベスは描かれてませんので。
『一つの精神が二つの体を行ったり来たりしてるんだけど、体が替わると心も別人みたいになるもんなんだよ』
ということだったとしても、それもわかりようがありません。
だって今この世界に生きてる人の恐らくほぼ全員が、体が入れ替わった経験がありませんから。
「あぁそうだよね、体が替わったら心もなんか別人みたいになっちゃうよねわかるわかる」
なんて共感が得られる可能性は限りなくゼロに近く、そんなことを描かれても観てるこちらには伝わりづらいと思います。
伝わらなければ「え?別人でしょ?」となってしまうので、“一つの精神をシェアしている”というのは少し違和感を覚えます。
また、サブスタンスのきっかけを作った“手に痣がある若い男”の母体のじいさんも「分身に蝕まれるぞ」と言ってました。
分身が“自分”なら「蝕まれる」という表現は不自然です。
なのであのじいさんも分身を“別人”と思ってるのではないでしょうか。
サブスタンスを行ってる当人達が分身を別人と思ってる以上、いくら周りが“あなたはひとつ、同じ精神だ”と言ったところで当人達からすれば“いや、あれは私じゃない”ということになるでしょう。
「バランスを尊重すれば問題はおきない」
とサブスタンスの人は言ってましたが、母体と分身が別人である以上バランスを保つのは恐らく不可能です。
2人が冷静に話し合う機会がない限り高確率でバランスは保てないでしょう。
でも通常の使用方法では2人が同時に行動してる状態は発生しません。
このように、一つの精神をシェアしてるとは思えない中で、作中の「あなたはひとつ」というセリフや、公式ホームページの「一つの精神をシェアしている」という言葉を考えてみて、私は今作における『精神』とは『燃料』のようなものではないかと考えました。
体を動かすための『燃料』。
『精神』=『燃料』。
体を交替する際“交替キット”を使って“血液を入れ替えている”ようでした。
分身であるスーの体の血液はあくまで体が死なないようにするためのもので、分身の体には元々『精神(燃料)』は宿っていない。
『精神(燃料)』が宿ってるのはあくまで母体であるエリザベスのみで、『精神(燃料)』が宿る母体の血液をスーの体に入れ替えることで、スーの体が動き出す。
ただ、『精神』はあくまで『燃料』であって『心(人格)』ではない。
そのため、エリザベスの体に宿る心とスーの体に宿る心は別物。
そう仮定すれば、エリザベスとスーの人格が違うことも納得がいきます。
お互いを嫌悪し全く大事にしないことも説明がつきます。
『精神』=『燃料』と考えれば、物語のクライマックスで“2人が対面するシーン”も、中途半端に2つの体に『精神(燃料)』が入ってしまったということで2人が同時に行動してるのも説明がつきます。
体が入れ替わる際、燃料に点火するように火が灯る映像も差し込まれてました。
個人的には“一つの精神をシェアしている”というのが
そもそも本当にそうなん?
と思うところですが、公式がそう言うならそうなんでしょうからそうであるならば、という前提でちょっと考察してみました。
何の意味もない
“小島よしお”じゃないですけど、そもそもエリザベスにとって今回のサブスタンスには何か意味があったのか。
まずサブスタンスという再生医療に手を出したのは、老いて落ち込んだエリザベスが“よりよい自分に生まれ変われるなら”という期待を込めたからでした。
ただ、“サブスタンスを使うことで具体的に何が起こるのか”は、エリザベスも我々視聴者もわかっていませんでした。
そしてスーが誕生した。
てっきりエリザベスはスーの体で若さを謳歌しているものと思って見てました。
スーのターンが終わりエリザベスに戻ったときも、エリザベスは特に何も言及しなかったためその実態はまだ不明でした。
しかし2ターン目が終わったとき、スーの夜遊びのせいでエリザベスの指が老け込んでしまいエリザベスが激怒します。
ここで初めて、我々は『エリザベスはスーの体で若さを謳歌しているわけではない』と知ります。
そうなるとサブスタンスはエリザベスにとって何のメリットも無いことになります。
ただ背中を裂いて激痛を感じながら若い女を産み出しただけ。
“よりよい自分になりたい”とサブスタンスを行った当の本人は今までと何も変わっておらず、生気のない日々を繰り返すだけ。
メリットが無いどころかデメリットしかありません。
スーが勝手なことをすればそのツケは全てエリザベスに回ってくるし、人生の半分をスーにあげなければなりません。
それが判明した時点で大体の人ならすぐサブスタンスを中止しそうなとこですが、エリザベスは何故か辞めることができないようでした。
子供がいないエリザベスは、スーを産み出したことで母性のようなものが芽生えた…わけでもなさそうでした。
“若い頃に戻れるわけではない”と気付いた上で、スーに自分を重ね自分ができないことをスーが行うことで自分を満たそうとしたのか。
“推し”みたいな。
それでエリザベスが満足してるならそれでよかったのでしょうが、そうではなかった。
それにスーを応援することで満足できるなら、わざわざリスクの大きいサブスタンスを継続する必要は無く、サブスタンスを中止して若手育成でもやればよかった。
結局エリザベスはすぐやめればよかったものを引くに引けず、サブスタンスによって何も得られないどころか全て失ってしまいました。
エリザベスはかつて大物女優でアカデミー賞を受賞した過去もあり、部屋には数々のトロフィーが飾られていました。
しかし、番組プロデューサーが容姿や年齢のことを悪く言ってるのをたまたま聞いてしまい、すっかり自信を無くしてしまった。
ですが、今でも「誕生日おめでとう」と声をかけてくれるスタッフがたくさんいて、ちょっと外に出れば「ファンだ」「妻がファンです」と声をかけてくれる人もいました。
車が回転する程の大事故を起こしても無傷で生還する程の丈夫な体も持ってました。
それなのにサブスタンスに手を出し全てを失ってしまった…。
今の自分を受け入れることの大切さがよくわかる作品だったのではないでしょうか。
今あるものがこの先ずっとあるとは限りません。
いつかは失ってしまうかもしれません。
そして、失ったものは戻ってこないこともあります。
エリザベスは過去に輝かしい栄光を受けたからこそ、その喜びを忘れられなかったのでしょう。
ですが、エリザベスはなくしてしまったものよりも、今あるものやこれからの未来にもっと目を向けるべきだったのかもしれませんね。
若かろうが若くなかろうが、どんな状態でも悪く言う人は必ずいます。
自分より容姿が良い人、能力が優れてる人、輝いて見える人はいくらでもいます。
でも、そんな人たちと自分を比べることには何の意味もありません。
時間の無駄です。
だってないものはないんですから。
考えても悩んでもしょうがありません。
そんなことよりも、今の自分にあるものやこれから得られるもの、自分を大切に思ってくれる人を大事にすればいいのではないでしょうか。
そんなことを思わせてくれるような映画でした。
まぁ見終わった直後は
きっっっっっっっっっしょ
だけでしたが(笑)

スーパーほいほい よしおじゃんけん
ミソジニー
女性の見た目や年齢に対する世間の反応への強いメッセージが込められてるような作品でした。
ダンスがうまくても顔がキレイじゃなければオーディションは通らない。
エリザベスのように過去に栄誉ある賞を受賞し長年のエクササイズの実績があっても、見た目や年齢を理由にある日突然番組を降ろされる。
女性の年齢を重ねた事による身体的な変化に対して、心無い言葉を浴びせる人がいる。
そのせいで自信をなくしてしまう女性がいて、過度に見た目を気にしたり怪しい薬品にまで手を出してしまう人もいる…かもしれない。
エリザベスとスーが“エリザスー”という一つの体を共有することになり、中身は多くの人が知ってるスターであっても、見た目が違えば周囲の反応は全く違うものになる。
こういった社会の女性に対する蔑視、“ミソジニー”って言うらしいですけど、そういうものへのメッセージ的な映画だったのかなという印象でしたね。
ただ、映画クライマックスのエリザスーの部分については、あの見た目の生き物が突然現れたらさすがに「怪物だぁ!!」となるのはしょうがない気がしますけど。
「今でも私、エリザベスでスーよ!」と言うあのエリザスーを前にして「あぁ、あなたはエリザベスでスーなのね、言ってることは意味不明だけどあなたがそう言うならそうなんでしょうね」と言える人は多分いないでしょう。
なんにしても、エリザスーはミソジニーが生み出した悲しみの産物なのかもしれません。

女ぎらい (朝日文庫)
アカデミー賞ってなんだろう
今作はアカデミー賞をはじめ、カンヌ国際映画祭で脚本賞、ゴールデングローブ賞で主演女優賞を受賞するなど、多くの賞を受賞している作品です。
みなさん、こういった賞についてどんなイメージをお持ちでしょうか。
「アカデミー賞を取ったってことはおもしろいんだ!」
と思われる方もいらっしゃるのではないでしょうか。
私はそうでした。
でも必ずしもイコールではない、と思うのです(笑)
今作については数々の賞を受賞してると知らずに観たので、“アカデミー賞受賞”に釣られて観たわけではないんですが、
観終わった後にこの作品が数々の賞を受賞してると知って大変驚きました。
「このきっっっっ…映画が?」
って(笑)
それで調べてみたら、賞っていろいろあるもんなんですねぇ。
アカデミー賞にしたって24部門もあるみたいです。
一口に“アカデミー賞を受賞した映画”と言っても、『監督賞』を受賞したのか『脚本賞』を受賞したのか『メイクアップ&ヘアスタイリング賞』を受賞したのかで観る方としては大きく変わってくるような気がします。
そして今作は『メイクアップ&ヘアスタイリング賞』を受賞したみたいですね。
うん。
それはもう大納得です。(大納得ってなんやねん)
スーの息が止まる程の美しさ。
背中が裂けるシーンやヘソからチキンが出てくるシーン
キャットウーマンみたいな服のジッパーをジジジジジってやるとスーの背中から臓物がボロボロボロボロォっとこぼれ落ちるシーン
モンストロ・エリザスー
どれも造り物とは思えない程のリアルさで凄まじかったです。
美しく華やかなシーンとグロテスクで目を背けたくなる程リアルな気持ち悪いシーンとの落差が凄かったです。
ただ、“映画がおもしろかったか”と言われたら
「いやぁぁぁぁぁぁ…」
という感じでした(笑)
おもしろいのはおもしろいんですが私にとってはグロすぎました。
まぁそれも『メイクアップ&ヘアスタイリング賞』を取る映画ならではの悩みかもしれませんが。
私もよくやりがちなんですが“アカデミー賞を受賞した”で選ぶと期待と違う結果になるかもしれませんね。
モンストロ
今作の最大のクライマックスである“モンストロ・エリザスー”。
エリザベスとスーの関係は最悪になり、とうとう二人は対面を果たすも、激怒したスーによってエリザベスは無残に殺されてしまいます。
そうなるともう後に待つのは破滅のみ。
母体の脊髄液を失った分身スーはみるみる体が朽ちていきます。
焦ったスーは一度きりとされた“活性化”を再度行ってしまいます。
そしてスーの背中を裂いて出てきたのは、人間の原型をとどめていない生き物。
体の各パーツが本来の場所とは違う場所についているその背中には、なんとエリザベスの顔がついており、ついに二人は一つの体を共有することに。
緑の血を吐く生き物の後に表示される『モンストロ・エリザスー』という緑のタイトル。
そして残り30分、最大の見せ場が訪れます。
人間とは思えない見た目のエリザスーは、皮肉にもあれだけ見下していたエリザベスの顔写真を顔に貼り付けスタジオへ。
カードキーで扉を開けるとおじさんが
「心配したぞ急げ!5分で本番だ」
なんでやねん!!笑
どう見ても異常な状態のエリザスーは何故かあっさり中へ(笑)
スタジオが暗転する中
『リヒャルト・シュトラウス』の『ツァラトゥストラはこう語った(導入部)』
の
ターーンターーンタターーーーーン!!
バンボンバンボンバンボン…
壮大な曲をバックに(笑)ついにエリザスーがステージに。
そしてスポットライトを浴びたエリザスーの異様な姿に観客は静まり返ります。
「今夜ここに来られてとても幸せです」
マイクでエリザスーが挨拶するも、異様な声に凍り付く観客達。
「みなさんに会いたかった」
続けて言ったとき、エリザベスの写真がポロっと剥がれ落ちます。
顔が露わになったエリザスーは観客に向かってべへっと笑顔(笑)
すると突如えづき出し、
オエエエェェェェ
っと左目があろう場所の亀裂から女性の胸がボロんっっ…べちゃっ!!とちぎれ落ち、それを見た観客達は「ああああぁぁぁぁぁ↓↓↓」と思わず声を上げます(笑)
ついに観客の女性が立ち上がり、元気いっぱい悲鳴を上げ会場は大騒ぎに。
観客達はエリザスーに向かって「怪物だ!」「撃ち殺せ!」と叫び、エリザスーが「違う!私よ」と言っても誰も聞いてくれるわけもなく、ついに頭を鉄パイプっぽいものでぶん殴られ頭が飛び散ります。
しかし驚異の再生力で一瞬で顔復活。
顔は復活するも体はボロボロで、マイクスタンドを握った左腕が手首からちぎれそこから消防車並みの血が噴き出します。
番組オーディションで審査員が言ってた「顔に胸がついていればな」という言葉どおりエリザスーの顔から胸がこぼれ落ち、
下品プロデューサーが「50歳で…止まる」と言った言葉に答えるように消防車の如く噴き出す血液。
一体どこにそんな量の血液が入ってたんだい?
って程の大量の血液を噴き出しながらステージでクルクル回るエリザスー(笑)
観客達は一人残らず血まみれ。
会場も血まみれ。
エリザスーが廊下に出れば廊下も血まみれ。
会場を後にしたエリザスーはあてもなく道を走るもついに足が崩れ落ち、倒れた衝撃で体が粉々に吹っ飛びます。
飛び散った肉片の中から這って出てくるエリザベスの顔面。
ゆっくりゆっくり地面を這い、かつて記者から囲み取材を受けた星型に模られたタイルの上へ。
見上げた視界に入る3本のヤシの木は、まるでエリザベス、スー、エリザスーを表しているかのよう。
ヤシの木のバックの美しい夜空から金箔が降り注ぎ、エリザベスはかつてこの場所で人々から愛されていたことを思い出し、満面の笑みのまま蒸発します。
やがて朝になり、赤いシミとなったエリザベスの跡を清掃員が跡形もなくキレイに拭き取り、そこには色褪せヒビが入った星型のタイルだけが。
そしてエンドロールへ…。
なんこれ?笑

リヒャルト・シュトラウス: 交響詩全集
まとめ

女性に限らず、男性にしてもどちらでもないにしても、見た目の事をごちゃごちゃ言って来るヤツいますよね。
そんなヤツにはこう言ってやりましょう。
「ジュラシック・フィットネスを食らうがいいぃぃっっっっっ!!!!!!」
今回も最後まで見ていただきありがとうございました^^
それではまた!

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